私と妻の見方の違い 宙組2014年版 ベルサイユのばら~オスカル編

舞台に限らず、アニメでもプラモデルでも多様な見方ができます。こう観なければいけないという事はありません。

その上で、「ベルサイユのばら」の宙組(2014年)のオスカル編が、私と妻で見方が違う事を紹介しておきましょう。ちなみに2014年当時は、結婚前です。

私は大劇場での「ベルサイユのばら」は二回目

私は涼風さんの1991年版をTVで見たことがあるだけで、初「ベルサイユのばら」は2013年の雪組フェルゼン編です。このフェルゼン編はお話的にはちょっと心に響かなかったんです・・・・だって不倫ネタやし(笑)

でも2014年宙組版は私には結構響いたのです。

後で妻と話をすると、妻とはちょっと見方が違って面白いなと

ちなみに見たのはアンドレが緒月さんのパターンです。

妻の見方 宝塚版ベルばらの歴史をふまえる

歴代のオスカル編とはかなり違う

良かったんだけど、最後は馬車が出てきて欲しい。最初からもうちょっとアンドレが出てきて欲しい。

ペガサスにのったアンドレが「うわーー!」とは思う

私の見方 語り部は実はアンドレである

この2014年宙組版の語り部は冒頭のジャルジェ将軍と思ってしまうのですが、実はアンドレ目線で描かれているのではないかと思っています。だからこそ特に前半はアンドレが目だたず、最後に馬車に乗らないのではないかと思っています。

アンドレが倒れた後のオスカルをアンドレは知らないですし、ラストの馬車というのはどっちかというとオスカルの願望ではないかと思うのです。

アンドレは、自らを救ってくれたオスカルに忠誠を誓い、かなわぬ恋と知りつつも愛しているのではないかと思います。アンドレが願ったのは己が目立つことではなく、オスカルを支える事だったのではないでしょうか?

視力を失い、地面に這いつくばったとしてもオスカルを守ると決意しパリへ向かったのでしょう。その固い決意こそがアランをはじめとする衛兵隊の心を打ち、アランや衛兵隊がアンドレを支えると決心させた決定打となったのでしょう

ラストシーンは、少し変な言い方なのですが

「アンドレはオスカルの幸せだけを純粋に願ったので、アンドレが馬車でオスカルを迎えに来たいとは考えない」

と私は解釈しました。

ペガサスに乗るオスカルの意味

アンドレが語り部であるという仮説ならば、「我が名はオスカル」でのオスカルの描き方は2014年宙組版で良いと思うのです。

眼が見えないアンドレが空想しているオスカルは、徹底的に美しく、現実離れしているはずなので、「ペガサスに乗るオスカル」で良いと思うのです。

だからこそ最後は天使でなければいけなかった

アンドレが望んだことはオスカルを妻にすることではなく、無理心中することでもなく、オスカルを最後まで守り通すというものだったはず。

アンドレが望んだのは、

「わが名はオスカル」の歌詞の「神よ正しき道を教え給え」の通り

オスカルが正しい道を進み神の祝福を受ける事

ではないでしょうか?

天使が登場するのは

「オスカルに神の祝福があらんことを!」

というラストでないかと思うのです。

ラストの天使は、「馬車に乗ってアンドレが迎えに来てくれる」という、オスカルの望みではなく、アンドレの望みだったと考えてみてはどうでしょうか?

投稿者プロフィール

maido
maido
模型工房M代表。
模型好き。カメラ好き。宝塚歌劇好き。
各模型雑誌で掲載多数。
艦船模型、飛行機模型、AFV模型などプラモデル全般の制作代行も承っております。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA